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宮崎地方裁判所 昭和55年(ワ)276号 判決

原告

角地忠良

原告

井上曠典

原告

日高輝政

右三名訴訟代理人

成見幸子

被告

松崎暁子

右訴訟代理人

吉良啓

右同

五島良雄

主文

一  被告から原告らに対する宮崎地方法務局所属公証人山下巌作成昭和五五年第一二一〇号金銭消費貸借契約公正証書による強制執行はこれを許さない。

二  当裁判所が昭和五五年五月一五日にした昭和五五年(モ)第二三八号強制執行停止決定を認可する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  本判決第二項は仮に執行できる。

事実《省略》

理由

第一当事者間に争いのない事実

原告ら主張の主たる請求原因事実(一)1の事実、即ち、被告と原告らの間に債務名義として同項記載の元金を金二〇〇万円とする執行受諾文言の付された金銭消費貸借契約公正証書が存在することは当事者間に争いがない。

第二原告角地、被告間の本件消費貸借契約及び本件公正証書の成否

一被告主張の被告が松崎敏男を代理人として原告角地に金員を貸付け本件公正証書を作成したとの抗弁につき、検討する。

(一)  〈証拠〉を総合すると、

(1) 昭和四七年一一月二日被告の夫松崎敏男は宮崎県に宮急商事株式会社代表者松崎敏男名義で貸金業の届出をした(甲七号証)。

(2) 昭和五三年二月一日被告は夫の敏男に貸金業の免許を被告名義で取得したいといわれて、宮崎県庁に出向き、同県に被告名義で貸金業の届出をした。商号は当初「地産金融」であつたが、同年一二月二五日付で「ローンズ・ポエム」に変更した(甲七号証)。しかし、被告は夫の敏男にいわれて届出をしたにすぎず、金融業には一切タツチしていないし、商号その他も一切分からず実際には敏男が一切金融業をとりしきつていた(〈証拠略〉)。

松崎敏男は前示(一)の貸金業のほか被告名義で貸金業を営み、自己の資金及び被告の資金を判然と区別することなく貸付を行なつていた(〈証拠略〉)。

(3) 昭和五四年一一月二〇日頃原告角地は新聞広告をみて貸金業「ローンズ・ポエム」を知つて、電話をかけたところ、松崎敏男が応待に出たので、事務所を聞き宮崎市吾妻町のマンシヨンに出掛けた。新聞広告でも単に「ローンズ・ポエム」とあるだけであつたし、右マンシヨンには「ポエム」との看板もなく、もとより被告の氏名はどこにも見当らず、以後原告角地は松崎敏男がポエムの経営者であり、同人から金員を借りるものと信じて、同人に対し手形決裁資金として金二〇〇万円の貸付を申込んだ。同人は自己が貸主の如く応待し、同人の弟が「宮崎ローン」名義で原告角地に貸付けていた金五〇万円と利息天引額三〇万円を差引き現金一二〇万円を同原告に手交して、貸付けた。その際原告角地は右敏男から指示されて同人から交付を受けた用紙に公務員の連帯保証人として知人の原告井上、日高の署名押印を貰い、昭和五四年一一月二六日付の連帯借用証(乙一号証)を差入れたが、それにも名あて人の記載がなく同欄は空白とされていたし、これと同時に差入れた公正証書作成の白紙委任状にも名あて人や貸主の氏名は全く記載されていなかつた(〈証拠略〉)。

(4) その後昭和五五年一月二五日から四月四日までの間原告角地はポエムに計六回に亘り本件貸金の内入弁済をしたが、常に松崎敏男がこれを受取り、被告の名前すらも出なかつた(〈証拠略〉)。

(5) 同年四月二八日松崎敏男は公証人役場で前示(3)により徴収した白紙委任状を用いて自己が債権者である被告の代理人となり、債務者を原告角地、連帯保証人を原告井上、日高として、これら三名の代理人として知人の冨山一成を立てて、本件金銭消費貸借契約公正証書を作成した(〈証拠略〉)。

以上の事実を認めることができ〈る。〉

(二)  右認定の各事実、とくに(2)(3)の事実を考え併せると、本件消費貸借、連帯保証契約は松崎敏男が被告を本人として商行為である貸金業の代理をしたが、その際被告のためにすることを示さなかつたこと、本件においては松崎敏男と被告との代理関係の存在を窺知しうべき事情ないし外観は全く存在せず、相手方である原告らにおいて右敏男が被告のために本件消費貸借及び連帯保証契約をすることを全く知らなかつたし、到底これを知ることができる事情にはなかつたことが推認でき、これを覆えすに足る証拠がない。

そして、原告らは被告との間の本件消費貸借契約、連帯保証契約を否定し、これが松崎敏男を相手方としてなしたものであると主張していることは、記録上明らかである。

商法五〇四条本文は、本人のための商行為の代理について、代理人が本人のためにすることを示さなくても、その行為が本人に対して効力を生ずるものとして、顕名主義の例外を定めたものである。したがつて、前認定のとおり、松崎敏男が本件消費貸借、連帯保証契約をなすにあたり本人である被告の名を示さなくても、それが被告との間の契約として効力を生ずる。

しかしながら、相手方が本人のためにすることを知らず、かつ知らないことにつき過失がない場合、即ち、善意、無過失である場合には、相手方は、その選択に従い、本人との法律関係を否定し、代理人との法律関係を主張することができ、本人はもはや相手方に対し、本人相手方間の法律関係の存在を主張することはできないと考える(最判昭四三・四・二四民集二二巻四号一〇四三頁)。

前認定の事実に照らすと、本件消費貸借、連帯保証契約は被告の代理人松崎敏男が被告のためにすることを示さずに締結したことにより被告に対してその効力を生ずるが、原告らが本訴において被告との間の契約関係を否定し、これが松崎敏男を相手方としたものである旨を主張しているから、これによつて、原告らが商法五〇四条但書所定の選択権を行使し、本人との法律関係を否定する実体法上の効果が生じたものというべきである。

したがつて、被告はもはや原告らとの間の本件消費貸借、連帯保証契約の成立を主張しえないことは明らかである。

二次に、本件公正証書の効力につき検討する。

前認定一の各事実とくに、(3)(5)の事実を考え併せると、原告らは松崎敏男を相手方とする本件消費貸借、連帯保証契約につき公正証書作成嘱託の代理権を付与するため白紙委任状に署名押印し、これを同敏男に交付し、同人が知人冨山一成に依頼して同冨山が原告らの代理人として原告らと被告間の本件消費貸借、連帯保証契約につき公証人に対し本件公正証書の作成を嘱託したことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

右事実によれば、冨山一成は原告らから白紙委任状により松崎敏男を相手方とする本件契約につき公正証書作成の嘱託ないしその際、執行受諾の意志表示をなす代理権限を付与されているが、被告を相手方とする契約につき、その代理権限を有するものではないというべきである。

そして、公正証書に債務名義としての効力を付与する一要件としての民事執行法二二条五号に定める債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述、即ち執行受諾の意志表示は公証人に対しなされる訴訟行為であつて、その相手方は債権者たる被告ないし松崎敏男ではなく公証人である。

したがつて、公証人がたとえ右冨山の代理権を信じ、これに正当事由があるとしても、そもそも訴訟行為について民法一一〇条の適用はないし(最判昭三二・六・六民集一一巻七号一一七七頁、最判昭三三・五・二三民集一二巻八号一一〇五頁参照)、公正証書作成の嘱託ないし執行受諾の意思表示は商行為といえないからこれに商法五〇四条を適用ないし類推適用することはできない。〈以下、省略〉 (吉川義春)

利息制限法による元本充当表〈省略〉

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